遥かなる!?2007年06月16日 22:06

今日は、とある高校の文化祭にいきました。
当然のことながら高校生がものすごくたくさんいるの(^З^)

俺達もやってたやってた(^д^)

みんな精一杯おめかしして、年に一度の無礼講を楽しんでいて、
ちょっと度がすぎて廊下で先生に叱られてる子もいたりして…。

その雰囲気に、すっかりやられてしまって、
ノスタルジーに浸ると同時に、
尊敬する高校の恩師の言葉を思い出しました。


「お前達のは、まだ本当のおしゃれではない」


あ~、今になってその意味がよーく分かります。

なるほど、自分の良い所も悪い所も知って初めて、
おしゃれができるんですね。

熱い汁!!2007年06月11日 00:37

昔、何人かの彫り物師が、お寺の軒下に飾る、
龍の彫り物作りを競い合った。

そのうちのひとりは、後世に名人と謳われる「左甚五郎」という人で、
他の職人が、うろこの1枚1枚もトクサで磨き、
細かい所まできれいに細工した精緻な龍を彫り上げてきたのに対して、
彼は、荒縄のような、無骨な荒削りな龍をもってきた。

周りの人は、まあ勝負はあったなといってほくそえんでいたものが、
全員の龍を高い所にとりつけてみて、唖然となった。

今度は逆に、甚五郎の龍は、
精彩をはなって踊り出さんばかりの勢いなのに対して、
他の彫り師のはのっぺりしてまるでうなぎのよう…。


今日、とある友人のライブにいったのですが、
そんなエピソードを思い出しました。

場所は市民会館大ホール。
生半可なバンドでは音も拡散してしまうような大きな空間で、
彼のパフォーマンスは異彩をはなっていた。
(といっても至極正統派の弾き語りの彼ですが…)

つまり見る(聴く)距離というやつですね。

ひざがぶつかるような狭い空間での、
細かく鍛錬された辻説法のような芸もあれば、
広大な空間で、ものすごい迫力でもって心をぶつけてくる芸もあります。

もちろん音楽家の本質は、音楽の追求以外には無いとは思いますが、
場所の選択というのも、大きなスキルの一つなのだと思います。


それに、甚五郎はわざと荒っぽい龍を彫っただけで、
本当はきれいな精密な細工だってできるはずなのです。

生命の神秘2007年06月06日 03:00

芋ほりをし、その後、偶然牛の出産をみた。
牛の膣からきれいな膜に包まれた子牛が生まれ出てきた。
土から、きれいなメークインがいっぱいでてきた。

その時、カッコイイ音楽をやって人に認められたいとか、
自分というものが、何をどうするのかとか、
「君は独りじゃない」とか、
そんなことに何の意味があるのか。

苦労こそすれ、すでに分裂とか悩みとか、背反とか、
そういう世界にはいない。

百姓というのは一番素晴らしい職業なんだとおもいます。。

第2回 マルケン・ナイト2007年06月02日 23:25

今回も好評のうち(?)に〆させていただくことができました。
ありがとうございます!

ギターと篠笛のデュオも、だんだんこなれていい感じになってきました。
そろそろバンド名を決めてもいいころでしょうか。

しかし自分は、名前が決まって、
やることが体系化、固定化されていくとすぐいやんなっちゃうの。
悪いくせです…。
でも名前(ことば)というのは、
ある種の固定観念を聞くほうにも言うほうにも植えつけるので、
慎重にしなくちゃいけませんね。

今回は、ギターパートはすべてエレキギターでやってみました。
ほんとをいうと、ぼくはアコギよりエレキの方が好きなのかもしれません。

エレクトリックは、少なくとも今自分のやりたいことを
的確に表現してくれるようです。

電気には聴く者を目覚めさせる力がある、
なぜなら仮死状態の人に電気ショックを与えると生き返るからだ、
と、サンタナが言ってました。
ほんとかな(^л^)

私のとなり展2007年05月28日 00:22

皆様、来ていただいてありがとうございました(;З;)

写真、映像機器の発達は時代の流れかともおもいますが、
自分を客観視するということは、誰にとっても重要なことです。

僕は大学のときから、写真、映像をやる友人がいて、
撮られまくっていたので、非常にカメラ慣れしてしまい、
自分のビジュアルを客観的にみることは、わりと日常茶飯事でした。

でも今回の写真展は特別な意味がありました。

人間である以上、「自分とは何か」という問いに、
何も覚えるところのない人はいないでしょう。

こんなふうに自分が“みつめられて”いるということ。
嬉しくもあり、歯がゆくもあります。

今回も手伝っていただいた、
柚木さん、聡子さん、うじぇさん、びやぼんさん
ホントにありがとうございました。

グルーブに関する考察 その62007年05月16日 01:28


私が作った曲の中で、特にお気に入りの1曲があります。

「アユタヤの夜」という曲。

タイで過去に栄えた、アユタヤ王朝というのがある。
かつてビルマの軍隊に破壊された首のない仏像郡のある街。

首を刈られた仏像たちを見て、私は涙が止まらなかった。

夜中、突然のにわか雨。
逃げ込んだ屋根付きの縁台にはタイ人のカップルがいた。

彼らはとてもやさしく、外国人である僕達を迎えてくれ、
鶏の足のおつまみをおすそ分けしてくれた。
(言葉がわからないからこそ通じ合える瞬間があった。)

真っ暗な雨雲のしたには、
切なげにライトアップされた遺跡としての、
忘れ去られた寺院が浮かび上がっていた。

しばらくすると、ふっとライトが消え闇が訪れた。
雨音と、かえるの鳴き声と、私達の会話と、音だけがそこにあった。

自分にとっては、何にも変えがたい、
言いようのない美しさをたたえた思い出なのです。


その景色をきれいにあらわすことのできた曲です。
自分が本当に表現というものができたと思う曲は唯一これだけです。

夢のように2007年04月23日 23:02

聖なるガンガーには、平然と人の死体が流れ、
浮浪者は町中に横たわり、土ぼこりと
生ごみと、牛の糞と、真っ黒なグルーブの中にみんな生きている。

インドは、国そのものが、無秩序でいながら完全なる沈着を見せる
インプロビゼーション音楽のように、自分に対して一事象、一動作ごとに、
やさしくも厳しい問いを放ってきた。

ということで報告終わり。
ウイスキーでいっぱいやって、
ゆっくりしているのが自分には一番やさしいですな。

明日2007年04月03日 22:06

明日から、インドへ行ってきます。

どんなことが起こりますやら。

四月中には帰りますので、また帰ったら報告させていただきます。

では皆様、しばしのお別れ!

結婚式2007年03月24日 22:46

明日は、我らが友人。
静大始まって以来の、強烈な個性、川添氏の結婚式があります。

僕は、式の最後に1曲やらせてもらうことになりました。
大役です。

映像にオッ君、写真さやちん、余興まるけん(なんか余興だけ格が低そう)

創作ドコロによる結婚式セットプラン!
というようなのができそうです。

追い出し!2007年03月09日 22:00

昨日、静大生音楽同好会の、追い出しライブにいき、
飲み会にも参加してきました。

プロクラで一緒にやっているS倉を追い出し、
友達のK川氏、Y口氏、HO女史などとともに朝5時ごろまで、
ぐーたらべったらしゃべり詰めにしゃべっていました。

おかげで、フラフラのまんま出勤し、1日ボーっとしていましたが…。 


思い出話にも花が咲きました。

気持ちが落ち着かない時(毎日か・・・)
夜中に楽器を持って学校に行くと、必ず誰か知ってるやつが来てて、
なぜか酒が出てきて、音楽が始まるのです。

ねっころがって流星を見ながら、みんなで浅はかな哲学や、
将来の展望を夜どおし語り合いました。

大学2年の時には、台風の暴風雨の中、
学校の外のテラス(もちろん屋根つきだけど。)で
4、5人で飲み明かしたこともありました。

風に負けじと大声で歌いながら飲んだものです。

暴風域を抜けたあとの、星空の澄んだ輝きは、
今でも目に焼きついています。


夜中の学校の、
星空の下が、
自販機の明かりのある薄暗いテラスが、
大きな木の下のベンチが、
僕達の自由郷だったのだと、今思います。